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投稿者 : kishimoto 投稿日時: 2015-04-15 00:09:52 (818 ヒット)

今回は投資・経営ビザと事業計画の関係についてです。

外国人の在留資格の中で、誰にでも取得のチャンスがあるのは「日本人の配偶者等」と「投資・経営」ではないかと私は思います。「日本人の配偶者等」ビザは日本人と真実の結婚をすれば取得できます。また、「投資・経営」ビザは一定の出資金と確実なビジネスプランがあれば取得できるでしょう。反面、審査は厳しくハードルは高くなります。

 

「投資・経営」ビザについては、資金が準備できれば会社を新設して事業を開始し、オーナー社長として「投資・経営」ビザを申請します。事業内容に問題なしと入管が認めれば速やかに許可が下ります。私の経験では、最短で1ヶ月でビザが取得できた方もいました。一方で事業計画に無理があると判断されれば審査で何ヶ月も待たされた挙句に不許可となってしまいます。

 

とにかく重要なのは事業計画書です。ウェブサイトなどで事業計画書のサンプルなどが散見されますが、それらを埋める程度ではダメだと認識しておいて下さい。既に母国で事業経験が豊富な方であればお分かりでしょうが、これから新規事業を日本で行うという方はプロフェッショナルと十分に相談しながら事業計画書を完成させて下さい。私もプロの端くれとしてご相談に乗りますよ。表面的な計画や数字だけでなく、実現可能性や、安全性、収益性、成長性等の様々な財務指標、及びキャッシュフローを考慮しながら作成します。

 

事業計画書は、もちろん入管に提出して「投資・経営」ビザの許可を取得するために作成しますが、そもそも事業計画書は出資者を募ったり銀行から資金を借入れたい場合の判断資料になるわけですから、そうしたケースにも通用するレベルのものを作成すべきです。銀行折衝の経験がある方はご存じでしょうが融資の審査は厳しいですよ。私は以前、ある会社で財務担当として銀行と厳しい折衝を行った経験がありますが、最大の武器となったのが中長期の経営計画書(=事業計画書)作成能力でした。

 

話は横道にそれますが、「貸し剥がし」という言葉を聞いた覚えはありますか? 昔バブル崩壊後に債務超過に陥った中小企業は、銀行の要求に従って会社の有望な保有資産を片っ端から処分し返済に充当しました。1日でも早く不良債権を回収しようとした銀行の不良行為です。現実の貸し剥がしは、TVドラマ「半沢直樹」のシーンを上回るものでした。銀行から社長とともに事業報告をするよう呼び出された時のことですが、応接室ではなく倉庫に通されたときは驚きました(銀行にとって最早客ではないという脅しです)。また、「銀行が血を流してんだからお前らも血を流せ」と言う銀行マンもいました。銀行は血を流しても生き残りますが、中小企業は血を流した後に出血多量で死んじゃいます。

 

なお、事業計画書は作るだけでは意味がありません。実現させなければ、将来会社は破綻し、「投資・経営」ビザも更新できませんから、常に計画書のフォローが必要です。

 


投稿者 : kishimoto 投稿日時: 2014-04-15 23:43:37 (4403 ヒット)

私は、以前 マンションの分譲、賃貸、及び管理を行う会社で、仕事をしていたことがあります。 その会社は、渋谷、青山、赤坂、新宿といった良い場所にマンションや店舗ビルを持っており、室数も300以上所有していました。

 

会社はオーナー企業で、ワンマン経営でした。自分の腕一本で、戦後の土地を買い、ビルを建て、分譲したり、或いは、売れ残りは所有したまま賃貸し、且つ、管理会社として、建てたマンションやビルに影響を及ぼし続けるといったやり方で、利益を確保していました。

 

私がそこで働いていた頃に経験した、マンションの地下駐車場における専有権(および専用使用権)を争った訴訟の体験を、お話しします。

 

マンションの駐車場裁判といっても、色々な類型があるようです。例えば、①マンション分譲時に駐車場1区画 〇〇万円といった形で分譲業者が区分所有者との間で売買したような形態、 あるいは②分譲業者自身や等価交換方式の元地主の許に駐車場所有権または利用権が留保され続けるといった形態、 その他分譲時の契約内容や駐車場の状態(敷地か車庫か)などで微妙に差異があり、ケースバイケースで訴訟の内容も違うでしょう。

 

先ず、訴訟に至るまでの経緯を説明します。 

 

その対象となる駐車場があったマンションも、その会社(以後、「K社」と呼びます)が、デベロッパーとして建て、半分を分譲し、半分は自社所有のまま賃貸していました。

 

マンションの敷地面積は約300坪、SRC造りの地上11階地下1階の建物で、駐車場は地下1階でした。但し、地下といっても、いわゆる半地下状態の特殊な構造でした。 

 

どういう風に特殊かと言いますと、東西南北 4つの壁面のうち、南西の2面は壁が無く、数本の柱だけで支えられた形=いわゆる「ピロティー」になっていました。 なお且つ、南西の部分は、隣接ビルの敷地の擁壁から3メーター以上離れており、その間には屋根も天井もなく採光が取れ、半地下の駐車場とはいえ、昼間はけっこう明るい場所でした。

 

この駐車場に、どのように車を入れるかと言いますと、 マンション1階の北側に駐車場入り口があり、そこから入り、スロープを下って、南奥の突き当りを左折して駐車場へ入るようになっていました。(スロープはかなりの急勾配でした)

 

以上がマンション駐車場の概要ですが、どういう訳か、私がK社に入社した頃、その駐車場に車は1台も無く、駐車場としては使われていませんでした。その代りに、ステンドグラスやガラス細工の工具が陳列され、それらを販売する店舗として使用されていました。  

 

そういう状況からして、入社当初から、〝変だな!何かいわくがありそう!″ とは思っていましたが、・・・。

 

次に、争いの経緯を説明します。

 

K社がこのマンション(以後「Mマンション」と呼びます)を建築し分譲したのは、昭和49年です。 全部で160室ありましたが、ほぼ半分を分譲し、残り半分をK社が所有し賃貸していました。

 

問題は、マンション分譲時、売買契約書の中に、地下駐車場の所有権はK社が留保するという条文を入れてあったことから始まります。

 

当時は、新築分譲時に、デベロッパーが駐車場の所有権(或いは専用使用権)を専有部分とセットで売るケース(部屋だけ売るより付加価値がついて高く売れる)と、 デベロッパーが駐車場の所有権(或いは専用使用権)を自社の権利として留保する(駐車場からの賃料収入を得ようという意図)ケース、の2つの類型が多かったようです。

 

今日では、駐車場が専有部分(車庫)としてと認められる場合でない限り、共用部分として管理組合が管理し、区分所有者(或いは居住者)は専用使用権を付与され、組合と使用契約を結び使用料を支払う、というのが一般的でしょう。

 

しかし、昭和49年当時、分譲マンションを購入した区分所有者は、専有とか共用とかの認識はまだ薄く、分譲デベロッパーの契約書の中身をさほど疑うこともなく、駐車場の権利のことなど、あまり気にしていなかったようです。 まあ実際、区分所有法が整備されたのはもっと後になってからのことですから無理も無かったでしょう。

 

また、K社は、Mマンションの管理につても、管理費・修繕積立金の徴収から建物・設備の保全・修繕まで一手に行っていました。 分譲時から売買契約と同時に管理委託契約も結んでいた訳です。

 

分譲後しばらくの間(10年以上)は、駐車場に関して何の争いもなく、K社が自由に使っていました。 ただし、先にも述べたように、どういう訳か、この駐車場は数年後に、ステンドグラスやガラス細工の工具を販売する店舗となってしまいましたが・・・。 

 

争いが始まったのは、昭和59年に区分所有法(いわゆるマンション法)が大幅に改正された後だったようです。

 

それまで K社はマンションの管理業を一手に行い、結構高い管理費や修繕費で高収益をあげていました。 誰も文句を言わない事をいいことに、長い間、甘い汁を吸っていた、ということです。

 

しかし、それまで無頓着だったマンション購入者(区分所有者)達も、区分所有法の大幅改正を機に、〝K社がマンション管理会社として儲け過ぎているのではないか? 管理費や修繕費は適正な価格を超えているのではないか?″ と疑い始めました。 やっと気付いたのですね。

 

時代が昭和から平成に移り、バブル経済がはじけると、区分所有者の生活も苦しくなり、とうとうマンションの高い管理費にクレームがつき始めたのです。

 

Mマンションには、管理組合も設立されており、毎年、総会も開催されていました。K社は管理者として管理費等の会計報告も行い、形式的には総会承認も取れていました。

 

何分、K社はマンションの持ち分の半分(即ち、議決権の半分)を持っているわけですから、普通決議である決算・予算に関しては、否認されることはないのです。

 

しかし、管理費を下げろという声は次第に大きくなり、K社と他の区分所有者との関係は険悪になって行きました。 区分所有者全員が値下げ要求という訳ではありません。 一部の区分所有者は「どうでも良い」 と、相変わらず無頓着でした。 K社は、そういう人々を「賛成派」、管理費を下げろと言う人々を「反対派」と呼んでいました。

 

反対派は、管理費を下げるためなら、管理の仕様やサービスを落としてもよいとまで言いましたが、K社はMマンションの半分を所有する賃貸業者でもあるため、仕様やサービスの低下には同意しません。

 

こうして、管理費を巡る争いは平行線をたどっていたのですが、ある日、反対派の一人が、地下駐車場の権利関係について争うことが出来ると、気付いたのです。

 

反対派は、K社が分譲時から、契約上所有権を留保している地下駐車場について、「地下は法定共用部分じゃないか? 法定共用部分をK社が独占的・排他的に使用しているのはおかしいのじゃないか? たとえ使用するにしても使用料を払うべきではないか? 第一、駐車場と言いながら実際は店舗として使っている。それこそ家賃相当の使用料が払われて当然だ」 と主張し始めました。

 

確かに、地下駐車場は一見して法定共用部分でした。 何故なら、床面には水槽のマンホール、壁には分電盤、天井には露出のダクトや排水管など、共用設備がいっぱいありましたし、非常用照明も数か所あり、避難経路としても重要な場所でした。また、4壁面のうち南西の2面は柱だけで壁が無く、専有部分としての要件である構造上・利用上の独立性が無かったのです。

 

第一、壁に囲まれていない室のため、専有部分としての登記も出来ず、固定資産税も納めてはいませんでした。

 

ところが、K社は、分譲時の契約書をたてにとり、「地下駐車場は車庫(専有部分)であり、K社の所有権が留保されている。 もし万一専有部分と言えなくても、購入者が地下駐車場に対するK社の権利を契約書で認めたのだから、K社は無償で専用使用できる。」 と言い張りました。

 

以上が争いが始まるまでの経緯です。 ちょっと前置きが長くなりましたが、ここからのお話が、戦い本番の物語です。

 

とうとう、反対派は弁護士をたてて、地下駐車場が法定共用部分であることの確認と、K社がそこを店舗として使用していることに対し、正当な使用料を払えと訴えを起こしました。

 

更に、マンションの管理費について、「本来この駐車場使用料が、管理組合の収入として入金されていれば、その分我々の支払う管理費は安く済むはずである!」 として、支払い拒否を始めました。 即ち、反対派の管理費滞納が始まったのです。

 

これに対し、K社は、マンションの管理者として、反対派の管理費滞納額に対する請求の訴訟を提起し、対抗しました。 もちろん弁護士をたててです。

 

こうして互いに訴え合う形で、長い戦いが始まりました。結局、訴訟が終わるまで7年以上かかりました。 ドロ沼の戦いです。

 

裁判所は、当初、両者に「和解」を勧めました。 「まあ、同じマンションに住んでるんだから仲良くしなさいよ。話し合いで解決を!」 ということでしたが、互いに感情的になり、和解は成立しそうにありませんでした。

 

その和解の最中に、反対派から突然、次のような予想外の発言があり、一同びっくりしました。

 

「みんな、地下の駐車場、駐車場って言ってるけどさ~、昔から今まで、あそこに車が止まってんのを、一度でも見たことがある奴いるか?」

 

「いあや、見たことないねー」 「僕もマンションが建った当時から住んでいるが車があるのは見たことない」 と、その場にいた反対派は誰も、車が実際に駐車しているのを見たことが無いようでした。

 

「やっぱりそうだろ! マンションが建って間もない頃、俺はK社の社員から聞いたんだが、 駐車場に車を入れるには、入り口からスロープを下って、突き当りを左折して駐車場内に入るわけだが、 その左折する所の道幅が狭くて車を擦ってしまうらしい。 だから、あそこは車の出し入れができない駐車場なんだ」

 

「え~! 本当かよ? 車の出し入れができない駐車場なんて冗談だろ?」

 

「いや、本当だろう。 車が左折する時、左へ回る内側に大きな柱があるだろう。 要するに、あの柱が大きすぎて邪魔なんだと聞いた」

 

「ならば、その柱を削ればいいじゃん?」

 

「ダメだよ! あそこは地下と言っても、半地下でピロティになってるだろ! あの柱は構造上、最重要の大黒柱だぜ。 削ったりしたら地下はペチャンコよ!」

 

「そうか。 それならば、あそこは永久に車の出し入れが出来ない駐車場だ! そんなのは駐車場とは言えない!」 と、反対派は勝手に決めつけて、〝駐車場として、K社が所有権を留保する″ という部分の契約は無効だ! と言い出しました。

 

この件は、K社のオーナー(オーナー 兼 会長でしたので、以後「 I 会長」と呼びます)に伝えられ、早速、社内で検討会議が開催されました。 私も会議に出席しました。

 

私は、I会長に意見を求められ、「車の出し入れが出来ない駐車場だなどと、反対派もよくそんな馬鹿なことを思いつきで言いますよね! 車をちゃんと出し入れ出来ることを我々が証明すれば、 反対派の連中はデタラメばかり言っていると思われ、裁判官の心証をさぞかし悪くするでしょう!」 と一笑しました。

 

ところが、意外なことに、I 会長は、「いや、あそこの、車の出し入れは確かに簡単ではない。 が、 出し入れできないわけではない」 などと、やや不安なことを言うじゃありませんか。

 

マンション新築時のことを一番よく知っている I 会長の、この発言に、一同は驚きました。 「え~! それは具体的にどういうことですか?」 

 

「入口からのスロープが結構な急勾配だから、大きな車は左折する所で擦ったことがある。 でも、普段は大丈夫だぞ! 滅多に擦ったりはしない。」

 

このスッキリしない説明に、一同は不安を感じ、I 会長の車の運転手さんに現場を見てもらい、プロの運転手としての意見を聞きました。

 

運転手さんは、スロープの勾配や左折する所の道幅など、よく観察したうえで、「全然平気だよ! この位の道幅があれば楽に曲がれる。 車を擦ったりしないから安心しな」 と、自信を持って言い切りました。 

 

これで安心です。

 

K社は、顧問弁護士と相談のうえ、実際に自動車が駐車場に楽々と出し入れ出来る様子をビデオ撮影して、証拠として裁判所へ提出することにしました。 反対派をギャフンと言わせる決定的な証拠になりますからね。

 

プロのビデオカメラマンを雇い、数日後、K社の社長(以後、Y社長と呼びます)と、顧問弁護士、そして 私 の3人が立ち会い、ビデオ撮影を実施しました。 運転するのはもちろん、前述の運転手さんです。 撮影に使う自動車は、I 会長のベンツを使用しました。

 

さあ、撮影開始です。カメラマンがカメラを回し始めます。 運転手さんはベンツに乗りエンジンをかけ、我々の方を見てニッコリと笑みを浮かべ、自信満々でした。 車を発進させ、ゆっくりと入口からスロープを下りて行きます。 奥に突き当り左折する所に来ました。 

 

我々はジッと見守っていました。 車が左にハンドルを切り、回り切ろうとしたその瞬間、 「ア! ア! ア!・・・」 「危ない!」 我々は思わず声をあげました。 

 

正に、内側の柱に擦るぎりぎりの手前で、車は止まり、バックして戻ってきました。 運転手さんの顔色は変っています。

 

 〝 この左折カーブは思ったより手強いぞ! ″

 

運転手さんは気を取り直し、 再びスロープを下りて行きました。 今度は外側いっぱいに大きく回って、内側の柱には接触しない作戦のようでした。

 

今度こそと思い、我々はジッと見守っていました。 車が左にハンドルを切り、回り始めたその瞬間、 「ワ! ワ! ワ!!! 」 と、我々の悲鳴とともに、急ブレーキをかけたのでしょうが、車は外側の壁に接触しちゃいました! ガリガリという鈍い音をたて車は止まりました。

 

大変なことになってしまいました。 会長車! しかも、ベンツ にキズをつけてしまったのです。 修理代が心配になりました。

 

しかし、運転手さんは、怯むことなく、再び魔のカーブにチャレンジしました。 今度は、内側の柱に接触しました。 言い遅れましたが、この運転手さんは、I 会長の運転手として20年近くも勤めたベテランなのですが、年齢的には60歳近い方でした。 やや反射神経が衰えていたのかも知れません。

 

なお悪いことに、この運転手さん、性格的には頑固で意地っ張りなところがありました。 「もうこうなったら意地でもカーブを回り切ってやる! コンチクショウ!」 という顔つきでした。

 

その後、何度もやり直し、ベンツは擦り傷だらけになっちゃいました。

 

見ていた我々は、本来ならば目を覆うべきシーンなのですが、ここまで来ると、悲劇というより、それを通り越して喜劇です。 

 

一緒に立ち会っていた顧問弁護士は、「こりゃダメだ・・・。こんなところを反対派の誰かに目撃されたらえらいこったよ・・・」 と言って、しゃがみ込んでしまいました。 

 

しゃがみ込んだまま、彼は両手で口をふさぎ、笑い声が出るのを必死で抑えているようでしたが、背中や肩が大きく笑っています。

 

私も笑いたいのを我慢しながら、隣に立っているY社長の方を見たところ、Y社長はさすがに経営者です。笑ってなんかいません。マジで怒っていました。 このみっともないシーンを、無神経にも撮り続けていたビデオカメラマンに向かって大声で怒鳴りました。 「こんなシーン撮らなくったっていい!」

 

その後何度もやり直し、やっと魔のカーブの左折に成功しました。 ビデオはプロの手により、上手に編集され、ベンツが柱にも壁にも接触せずに回り切っているシーンが綺麗に撮れていました。

 

しかし、ビデオを再生して見れば見るほど、車と柱・壁との間に余裕はなく(隙間は5センチ位かな~)、K社は、証拠として裁判所に提出することを断念しました。(有利どころか、却って不利な証拠になりそうに思えたのです) 結局、ビデオ制作費を無駄にしました。

 

最終的に和解は成立せず、裁判もK社にとって有利な展開にはならず、結局、裁判は、K社が敗訴となりました。

 

しかしながら、裁判後、K社と反対派は意外と仲が良くなり、金銭的にも妥協案が成立するなど、雨降って地固まるの感がありました。 でも、7年以上の時間のロスはお互いにとって大きいですよね。 

 

要するに、このマンションの地下駐車場は、もともと設計ミスだったんですね。 設計者は「S建築設計事務所」という、意匠設計では極めて有名な一流の設計事務所だったんですが・・・、 そういう設計事務所でも、こんな初歩的な設計ミスをするんだ、という 良い教訓になりました。 

 ( 完 )

                  ※今月は和風: 「初春の曲」

                                   曲名をクリックして聴いて下さい。

 次回からは、マンションの管理という面からは少し離れてしまいますが、一息入れるつもりで、マンションの無人管理人室で起こった、少し不思議な出来事をお話ししたいと思います。 不思議と言ってもオカルトなどではありません。


投稿者 : kishimoto 投稿日時: 2011-02-22 17:24:38 (9904 ヒット)

数年前、都内の新築マンションを管理していた時の話です。そのマンションには120台分の地下機械式駐車場がありました。かなりの台数でしたので、40台分づつ3つの地下室に分かれて、機械式駐車場が設置されていました。

 

その機械式駐車場が稼働開始してから3か月ほど経った頃、駐車場使用者の1人である若い男性からクレームがありました。 駐車場から自家用車を出したら、セメントが垂らされたように車体が汚れていた、というのです。

 

早速、その男性に連れられて、現場へ車を見に行きました。 確かにモルタルかセメントのようなものが点々と垂らされたように、車体にこびりついていました。

 

その駐車場使用者は、かなりご立腹です。 「この機械式駐車場はどうなってるんだ。天井から水が漏ってるんじゃないか? 車を一体どうしてくれるんだ! こんな汚れた車じゃ外へ行けない!」

 

私は、急いで、マンションの施工業者と機械式駐車場の設置業者に連絡を取りました。 施工業者は、マンション建築の元請けとして、ご立腹の被害者(車を汚された)に対し、翌日には原因を調査し、原因が施工の瑕疵や機械の不良によるものと判明した場合、直ちに被害に対する補償や賠償をすると約束しました。

 

翌日は朝から、元請け施工業者と機械駐の設置業者の技術者が各々3人づつ、調査のためにマンションに来ました。 「岸本さんも、調査に立ち会いますか?」 と誘われ、一瞬どうしようかと迷いましたが、地下式の機械式駐車場の内部を見る機会など滅多に無いことだと思い、「勉強のために調査に参加させて下さい」 と応じました。

 

私たちは、マンションのB1にある地下機械式駐車場の出入口の方へ行きました。 格納されている車の出し入れはコンピューターで制御されており、 車の持ち主は、この出入口の扉の横に設置されている制御盤に各自持っている鍵を差し込み、暗唱番号を入力すると扉が開き、自分の車が出せるようになっていました。

 

その、車の出し入れ場所の下に、40台分の大きな地下機械式駐車室がある訳です。  先ず、車の出し入れ場所の隣にある機械室の中に入り、その室の床のマンホールを開けると、その下に広い空間がありました。タラップで下まで降りて行けるようになっています。深さは6~7m位ありました。

 

そこは不思議な空間でした。 たたみ6畳分程度の広さはありますが、何も設置されていません。 ただ、壁には点検口が幾つもあり、要するに、此処から地下の各設備の内部を点検できるようになっていた訳です。 但し、「CO2消火につき、警報が鳴ったら直ちに脱出して下さい!」 という警告文が掲示されていたのが不気味ではありましたが。

 

早速、調査を開始することにしました。地下機械式駐車場の内部に入る点検口は縦横1m程度で、人がしゃがんで潜れる程度の広さです。施工業者と技術者のメンバーが次々と中に入っていきます。

 

私も入ろうとすると、一緒に来た管理事務所の所長が、「岸本さん、背広なんか着て中に入ったら、ドロドロに汚れますよ」と言い、作業服を貸してくれました。 私は着替えながら、〝この中って、そんなに汚れるような場所なのか?″ と少し不安になりました。

 

更に、所長は私に懐中電灯を貸してくれました。「中は真っ暗ですから」

「え! 中に電灯は無いの?」 今度は相当不安を感じました。 

「とにかく真っ暗ですから、懐中電灯で足元を照らしながら入って行って下さいよ」と、注意を受けました。

 

しゃがんで、懐中電灯を照らしながら、恐る恐る点検口を潜り抜け、地下機械式駐車場の内部へ入りました。 真っ暗です。 懐中電灯でぐるっと周囲を照らし、全体の光景を初めて見て驚愕しました。

 

空間の広さ、大きさは、私の想像を超えていました。 自動車40台分のパレットと支柱が、まるで巨大なジャングルジムのように見えました。 幅と奥行きは各々30m近くあったでしょう。 深さは多分10m位。 3層だったか4層だったかはよく覚えていません。 とにかく暗かったですから。

 

点検口からせり出している足場から、機械駐のパレットを支えている金属の支柱に手を伸ばして掴まり、支柱をよじ登ってパレットの上に立つことが出来ました。 パレットがズラッと並び、その上に何台も自動車が止まっています。

 

調査メンバーは、懐中電灯を照らしながら、漏水箇所を探しました。 私も一緒に、懐中電灯であちこちを照らしながら、パレットの上に並んでいる自動車の間を歩き回りました。 

 

天井も壁面もコンクリートでしたが、壁面はいたる所から水が漏れて流れていました。地下水です。壁面から染み出て来る地下水は床面の側溝に流れ、ポンプで汲み出されるので、車を汚したりすることはあり得ません。

 

車を汚す原因となる漏水箇所は天井にあると考えられました。 このコンクリート天井の上はちょうど自動車の通路になっていました。 地下機械式駐車場への自動車の出し入れ口もそこにあります。

 

調査メンバー全員で、天井に漏水の痕跡は無いか、あるいは、並んでいる自動車で汚損の被害を受けているものが無いか、懐中電灯を照らしながら探し続けていました。

 

すると突然、メンバーの1人が所持しているトランシーバーから音声が聞こえてきました。「これから1台車を出します。 機械駐の中にいる方は全員退避して下さい」

 

その時はよく知らなかったのですが、 機械駐の内部で調査点検する時は、車の出し入れ口に1人見張りの担当者を配置し、車の所有者が自分の車を出し入れしようとする前に、見張りの担当者がトランシーバーで内部のメンバーと連絡をとり、作業中の全員を安全な位置に避難させる。 という手順をとるのです。

 

機械駐の内部の人間が安全な位置に退避してから、機械を作動するのです。 そうしないと、中で調査点検している人間は機械に挟まって怪我しちゃいますから( いや死んじゃうかも・・・)。

 

「みんな! 車が1台出ます! すぐに退避して!」 と、トランシーバーを持っていた技術者が、他の調査中のメンバーに大声で知らせました。 すると暗闇の中を皆がガサガサと動き出し、各々勝手な方向へ逃げて行きます。

 

暗いので、皆がどちらの方向へ退避しているのか、私にはよく見えませんでした。 同じ方向ではなく、各人が別々の方向へ向かったので、私は誰について行けば良いのか一瞬迷いました。 迷ってるうちに1人とり残されました。

 

私は何処へ逃げれば良いのか分からず焦りました。 「皆さん何処ですか! どっちへ逃げればいいんですか?」 暗闇の中で叫びました。

 

「こっち! こっち!」と呼ぶ声が、2つの方向から聞こえました。 そのうちの一方を懐中電灯で照らしました。 そこは最初に入って来た点検口の、入口からせり出している足場の所でした。 そこに2人ほど退避していましたが、そこまで15m以上の距離があります。

 

声が聞こえた もう一方を懐中電灯で照らしました。 そこは、コンクリート壁面と機械駐の間にある幅2m程度の空間の床面でした。 そこには4人が退避していました。 距離は5m程度と近かったので、私はそちらへ逃げることに決めました。

 

しかし、暗い中を急いで歩いて行き、機械駐の最端部まで来て足がすくみました。 そこから床までの高さ(深さ)が7~8mあったのです。 簡単に飛び降りるという訳にはいきません。

 

パレットを支えている鉄パイプの支柱を伝って、取り敢えず下段のパレットに降りることにしました。 懐中電灯をポケットにしまい、支柱につかまって下段に降りようとした瞬間! 手が滑り、 「ウワーーッ ・・・!」

 

危うく 落下しそうになりましたが、辛うじてパレットの縁に両手が掛かり、ブラブラと宙ぶらりんの格好になりました。 「オッ!オッ!オッ!オー・・・!」 下からどよめきが聞こえました。

 

「バカ! 落ち着け! 横の鉄パイプにつかまって!」

 

私は、声が聞こえた方を振り返る余裕もなく、 〝 ウーッ! こんな真っ暗な穴の中でなんか死にたくない! ″  と思いながら、左手で鉄パイプの支柱を握りましたが、 「 痛ッ!」  落下した時の衝撃で手が痛い! 痛みを我慢して握った支柱に体を引き寄せ、両手両足でしっかりと支柱に抱きつきました。

 

そのまま支柱を伝って、ゆっくり滑るように降り、もう残り2m程度のところまでたどり着いて、〝 もう安心 ″ と思い、手足を支柱から離して床をめがけて飛び降りました。 が、 思いの外コンクリートの床は固く、 今度は両足首に衝撃が〝ギクッ″ ときました。

 

「痛ッ! ウウ・・・・・」 呻きながらしゃがみ込んじゃいました。 「大丈夫かよ? 岸本さん」 「だ、だいじょうぶですウウウ・・・・・・」 痛みをこらえました。

 

「全員退避しました。 車を出していいですよ。 どうぞ・・・」 と、技術者がトランシーバーで連絡をとると、間もなく地下機械式駐車場は動き出しました。

 

巨大なジャングルジムのような機械駐は、ゴーゴーと大音響をたてながら、全てのパレットが、上下・縦横に、まるでルービックキューブのように動かされてゆきます。 暗い中で間近に見ていると ゾッ とするような迫力です。 もしも機械駐の中に自分がとり残されたまま動き出したら・・・さぞ怖いでしょうね~。

 

その後、調査は続けられ、その結果、コンクリート天井に漏水箇所を発見することが出来ました。 ちょうどその箇所の上は自動車の通路の側溝に該当する部分でした。 雨水などがその側溝に流れ込むのです。

 

施工業者に確認したところ、その側溝部分には防水処置がなされておらず、そのために雨水がしみ込んで、地下機械式駐車場に漏水したものと断定されました。 最終的には、後日、側溝部分の防水工事を施工し、一件落着となりました。

 

今回の地下機械式駐車場の漏水調査を通じて、設備の点検や修繕に関する作業というものが、いかに危険と隣り合せであるかということを、身をもって体験することができました。

 

奇しくも同じ頃、社内では設備点検に関連して2件の死亡事故がありました。 1件は、九州の博物館で冷凍設備の点検中にアンモニアを全身に浴びてしまったという事故。 もう1件は、都内の公共施設で作業中に高所作業機が倒れ、その下敷きになってしまったという事故。

 

いずれの時も、会社の人事は風評のもみ消しに躍起となるのみで、根本的な事故の防止策を考えてくれません。 今の原発事故にしても、現場で作業している方々は、常に危険と隣り合せで大変な苦労をしていることと想像するに難くありません。 

 

  ( 完 )

 

      春が近づき雨の日が多くなりました: ここ をクリックして聴いて下さい。


投稿者 : kishimoto 投稿日時: 2011-01-06 23:37:10 (2119 ヒット)

私の知り合いに、都内のマンション管理会社でフロントマンを勤めているA君(仮名)という男性がおります。 年齢は30代後半で妻子もいます。 それほど親しいわけではありませんが、時々酒の席で会います。 

 

そんなA君と酒を飲みながら談笑していたときに、彼が面白い体験談を話してくれました。 その内容を、ここで少しだけお話しします。

 

A君は、常時12~13棟のマンション管理を担当しています。その内の約3分の1は無人管理のマンションです。 

 

マンションの管理形態には、有人管理 と 無人管理という区別の仕方が有ることをご存知でしょうか? 有人管理のマンションとは、文字通り、管理人さんが日常の管理業務を行ってくれます。一方、無人管理のマンションには、管理人はいません。 

 

そういうマンションはどのように日常管理を行うかと言いますと、 管理会社のフロントマン、或いは巡回管理員が、定期的に巡回して、マンションの設備を点検したり、電球等が切れていれば交換したりしています。 朝のゴミ出しや日常清掃は、ほぼ毎日必要ですので、別途に、午前中3時間だけ等の短時間労働で、清掃員を採用します。

 

管理コストの面では、当然、無人管理の方が有人管理より安くあがりますので、管理組合として導入を検討しているところも多いでしょう。

 

ある日、A君は、いつものように、担当している無人管理のHマンション(仮名)へ巡回に行きました。 マンションの設備の見回り、切れた電球の交換、管理組合ポスト中の郵便物の回収などが巡回の仕事です。何らかの工事等がある時は立ち会いもします。

 

Hマンションは、以前は有人管理のマンションでした。それ故、6畳程度の割とゆったりした広さの管理人室が有り、そこには、事務仕事が出来るように、机と椅子、書類を保管するキャビネット等が揃えてありました。 やはり管理委託費を低く抑えるため、管理人を置くのを止め、無人管理の方式に変えたのでした。

 

A君は、先ず、管理組合ポスト中の郵便物を回収して内容をチェックし、マンション内を屋上から地下室まで一周して、電球切れや、設備の故障箇所は無いかを目視で調べ、それが一通り終わると、誰もいない管理人室に入り、各種報告書や議事録等を整理して、キャビネット内にファイリングします。

 

通常これらの作業に、30分から1時間ぐらいかかります。 A君は一通り作業を終えると、無人の管理人室で、机を前に椅子に腰掛け、一息入れます。

 

誰もいない無人の管理人室で一人、デスクでペットボトルのお茶を飲みながら一休みし、机の上をぼんやり眺めていると、日々の忙しさから一瞬だけ解放され、少し落ち着きます。

 

机の上には、先ほどポストから回収した郵便物と、メモ用紙、それからダイヤル式の黒電話が有りました。 今時、ファックス機能付きプッシュホンが当たり前の時代に、このマンションではダイヤル式の黒電話だったのです。 本当に珍しい。 マンションが建った当時からのものでしょうか。

 

とっても懐かしい電話機です。 見ているだけでノスタルジックな気分になります。 黒電話を眺めているうちに、A君の頭脳は、この電話機を実際に使っていた時代にフラッシュバックして行きました。 それは彼が子供の頃、たぶん小学校の1~2年生頃のことでした。

 

その頃、A君は親の仕事の関係で3年間ほど、西日本の都市に住んでいましたが、Y子さんという仲の良い幼友達がいました。 年齢はA君より少し下だったようです。 30年近く昔のことなので、どこに住んでいたか?、どういうキッカケで知り合ったのか? 学校は同じだったのか? 更に、顔も、苗字さえも覚えてはいませんが・・・。

 

子供だったA君は、普段電話は使えません。 ただ、幼友達のY子さんの家に遊びに行く時だけは、彼女の家に 「これから遊びに行っていいですか?」 と電話したのでした。 彼女のお母さんが 「どうぞ、いいですよ」と、了解を得てから出かけたのです。

 

電話機は大人の腰の高さの台に置いてあったので、子供だったA君は、椅子を持ってきて、その上に立ち、電話のダイヤルを指で回すのでした。 ダイヤルを回した時の指の感触は覚えています。 〇〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇と番号を唱えながら回したことを思い出します。

 

その時、どういう訳か、全く忘れていた電話番号が頭に思い浮かんだのです。普通なら覚えているはずのない、数字の記憶が、突然、蜃気楼のように浮かんできたのでした。

 

〝たしか、〇〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇番だった! うん、きっと 〇〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇番だった! 〇〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇・・・、〇〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇・・・″ と、A君は、ダイヤルを回す自分の幼い姿を想いながら、繰り返し番号を暗唱し、その番号をメモ用紙に書き写しました。

 

そして、次に、その電話番号の相手に、実際に電話をかけてみたいという衝動に駆られました。

 

〝まさか、Y子さんが電話に出てくる筈はない。 電話番号が変わっているかも知れないし、引越ししてるかも知れないし、そうでなくとも、結婚して家を出てるだろうし・・・″ そう思いながらも、電話をかけてみたい。

 

〝もしも別人が出てきたら、「番号間違えました、すみません」と言って、謝れば済むことさ″ と、度胸を決めて、受話器を取り、思い切ってダイヤルを回しました。 〇〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇番

 

ルルルルル・・・ と、電話の呼び出し音が確かに聞こえます。 10秒、15秒、20秒、と 時間が経過し、A君は緊張しました。

 

「もしもし。」 相手が受話器を取り、電話に出ました。「もしもし、どちら様ですか?」 女性の声でした。 そんなに若くはない、中年の女性の声だと感じました。

 

A君は、一瞬息を飲みましたが、思い切って返事をしました。「え~、私は、あの~、〇〇と申します。 実は昔、お宅の近所に住んでいたんですが、幼友達でY子さんという子がいまして~、 この電話番号がそのY子さんの家の電話番号ではないかと思い・・・、 お電話したんですが・・・・・・」

 

かなり、シドロモドロな話し方だったようですが、とにかく話し終えて、相手の反応を待ちました。 少し沈黙が続きましたが、

 

「え? ひょっとして、小さい頃よく遊んでくれたA君? ほんまにA君なの?」

 

なんと、驚いたことに、電話の相手は Y子さん本人だったのです。 「そうです! 僕 Aです。 懐かしい! よく覚えてたね~。」 A君は嬉しくて声が上ずってしまいました。

 

「うっそ~! ほんまにA君なんや。 何年ぶり? またどうして電話かけてくれはったん? よく電話番号おぼえてたね~」

 

「もう30年ぶりかな~。 いや実は、今、僕は〇〇株式会社△△支店のマンション管理部というところで働いてるんだ。 何棟もマンションを担当していて、今もその内の1棟に巡回で来てるんだけど、 ここの管理人室の黒電話をジッと見ていたら、Y子ちゃんのことを思い出して・・・、 もっと不思議なことに電話番号も思い出しちゃって・・・」

 

「へえ~。 不思議なこともあるんやね~。 人間の記憶力って!」

 

「でも、Y子ちゃんが電話に出てくるとは夢にも思わなかった。 ラッキーだな~。 しかも、僕のこと憶えててくれてて嬉しいな~。 とっくに忘れられてると思っていたから」

 

「憶えてるわよ。 よく遊んでくれたもの。 学校が違うのに、 トランプしたり、ダイヤモンドゲームしたり、小ちゃかった私をよく面倒見てもらったから」

 

「そうだったっけ。 可愛かったからな~、Y子ちゃんは。 でも、30年も昔の電話番号に電話して、今こうして君と話せるとは夢みたいだ」

 

「そうね~・・・、 私も一度は結婚してこの家を出て、子供もいるんだけど、色々あってね~・・・、 今はこうして実家にいる訳なの」

 

「そ、そうか~、色々訳ありなんだね」 どうやらY子さんには、人には話したくない複雑な事情がありそうなので、A君は話題を変えました。

 

「そうだ! ねえ、Y子ちゃん憶えてるかな~、 僕が君のお母さんに、『僕、大きくなったら、Y子ちゃんと結婚します!』と言ったら、君のお母さんに大笑いされたこと」

 

「ハハハハ・・・ 、 そんなことがあったわね~。 あの時は、お陰さまで、幼いながらも、女として自分に自信が持てたわ!」

 

その後しばらく、昔話に花が咲き、A君は時間が経つのも忘れていましたが、ふと時計を見て、未だやらなければならない仕事が残っているのを思い出しました。

 

「いや~、突然電話して、長話ししてごめんね。 未だ仕事が残っているので残念だけど電話切ります。 本当に話が出来て楽しかったです」

 

「そう、私も楽しかったわ。 もし、こっちの方へ来ることがあったら、連絡ちょうだい」

 

「それじゃあ、また、・・・」 A君は電話を切りました。

 

〝さっさと残りの仕事を片付けなきゃ″  ちょうど晩秋の頃で陽が短くなってきたため、エントランスの照明の点灯時刻を早めるためにタイマーをセットし直し、 廊下の蛍光灯で切れていたものを交換し、 掲示板の掲示物を張り替え、A君は巡回の仕事を全て終えました。 

 

〝予定より随分時間が掛かっちゃった、早く帰社しなければ″ そう思って帰ろうとした時、 ひとつ大きな忘れ物に気がつきました。

 

〝しまった! Y子ちゃんの苗字を聞いてなかった。 今度電話するとき、姓で呼ばず、いきなりY子さんのお宅ですか? では、大人としてみっともない。 住所も聞いてなかったし・・・″  町名も地番も、通った時の道筋も何も憶えていません。

 

A君は、急いで、もう一度電話をかけました。 先ほど番号を書いたメモを見ながら、黒電話のダイヤルをまた回しました。 〇〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇番。

 

ところが、ところがです。

 

「お客様のおかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになって、もう一度おかけ直し下さい・・・」 という音声が流れてきました。

 

〝あれっ! 番号間違えたか?″ もう一度かけ直しました、が、やはり「お客様のおかけになった電話番号は・・・」です。 また、かけ直しましたがダメです。 〝そんなバカな・・・″  A君は動揺しました。

 

何度かけ直しても通じません。 〝どこか1字、数字を間違えてメモしたのかも知れない″ と思い、少しづつ番号を変えながらかけ直してみるという方法も試みました。 

 

何度もダイヤルを回しました。 しかし、 Y子さんの家に電話はつながりません。 〝一体どうなってるんだろう?・・・″ A君の頭と心は混乱しました。 

 

何が何だか・・・。 〝さっき彼女と話したのは夢だったのか? いや、そんな筈はない!″ A君は先ほどの電話でY子さんの姓と住所を聞いておけばよかった、と後悔しました。 そうすれば夢ではなく現実だったという証にもなったでしょうから。

 

A君の気持ちを例えるなら、 幸せの青い鳥を捕まえて、せっかく両手で包みこんだのに、手を開いて見たら中は空っぽだった。 というような、まるで巧妙な手品を見せられたような、そんな感じでした。

 

時間も遅くなってしまったので、A君は、頭と心が未だパニック状態のまま、仕方なく 帰途に着きました。

 

晩秋の夕暮れ近く、もう陽も傾いて、A君は真正面から夕陽を浴びながら帰ったそうです。 夕陽がやけに目にしみて涙が出そうになったそうです。

  (完)

                「あの空の彼方へ」:クリックして聴いて下さい。

 

数ヵ月後、A君の会社に、A君宛の封書が届きました。

差出人の名前も住所も書かれていなかったのですが、中の手紙を読み、それがY子さんからのものだとすぐ分かったそうです。

A君は手紙を読み、電話で彼女と話したことが夢ではなく現実だったことが確認できた訳です。 また、どうしてあの時電話が通じなくなってしまったのか、その理由も分かりました。

しかし、その手紙の内容は、2人の、あまりにもプライベートな過去の事件に触れるので、これ以上、続きを書くのは止めておきます。

 

次回から、マンション関係の仕事で、今までに怖いと思ったことを、いくつかショートストーリーで書きたいと思います。


投稿者 : kishimoto 投稿日時: 2010-11-22 19:15:30 (26114 ヒット)

 

マンション敷地内に、自転車やバイクを違法に止めたまま、何日も放っておく違法駐輪。 マンションにお住まいの方なら誰でも、その迷惑さがお分かり頂けると思います。

 

普通、こうした違法駐輪に対しては、 「このまま無断で、自転車を、ここに放置し続けた場合、捨てられた物として処分します。・・・〇〇マンション管理組合」 等 の警告文を、その自転車等に貼り、マンションの掲示板にも警告文を掲示する等して、相当の期間(2~3ヵ月)待って、役所とか業者に、有料(或いは無料)で処分して貰う。といったところでしょう。

 

たいていの場合、違法駐輪車に対しては、処分までの手続き(警告や掲示)を淡々と行えば、それほど心配しなくとも、後から持ち主が出てきて 「俺の自転車どこへ捨てた?!」 などとクレームをつけられる心配はない、と思います? 

 

ところが、中には、悪質な、とんでもない悪意に満ちた計画的な違法駐輪も有ったので、ここでご紹介しておきたいと思います。それは私にとって、史上最悪の違法駐輪事件でした。(まあ、こんな事は滅多にないと思いますけど。)

 

それは、都心の新築の高層マンションでの事でした。季節は冬、年末も押し迫った頃のことです。 その当時、私は、そのマンションの管理を委託された管理会社の担当者として働いておりました。

 

そのマンションは住居が約350世帯、店舗や事務所も30件ある複合用途型でしたので、管理事務所の他に防災センターもある24時間管理体制でした。

 

夕方、暗くなった頃、私は防災センターで職員や警備員と談笑していましたが、そこに、女性の居住者が訪れ、「エントランスの真ん前に、バイクが止められてるわよ、邪魔でしょ、早く退かせたら」との剣幕でした。

 

早速、警備員と見に行きました。そのマンションのエントランスは玄関扉が幅5メートル、高さも3メートル以上と立派な大きさで、玄関前のスペースはトラックが2~3台は置けるくらいの広さです。

 

そのスペースの真ん中にバイク(というより、ミニバイク・原付自転車といった代物)が放置されていました。

 

取り合えず、「違法駐輪禁止! 持ち主の方は直ちに撤去して下さい。」と張り紙を貼付し、敷地の隅へ移動させました。

 

「明日までには持ち主が撤去してくれるだろう」と、私も警備員も思っていましたが、翌日、その翌日、更にその翌日も放置されたままでした。その間、居住者からの引っ切り無しのクレームで参ってしまいました。

 

「違法駐輪者になめられてるぞ!」 そう言われれば、正にその通り。 近くに交番があるので、お巡りさんにも相談したところ、「警察は民事不介入だからね~。違法駐輪はマンションの敷地内でしょ。公道ならば、区が持ってたりするけどな~。」 という、予想通りの、警察は関わらないという回答でした。

 

「本当はこんなことしちゃいけない!」 と思いつつ、その夜、警備員と2人でミニバイクを、表通り(即ち公道)の方へ運んじゃいました。 

 

この通りは、しょっちゅう違法駐輪の取り締まりを行っており、このまま放置されるならば、役所の方で片付けてくれる可能性は極めて高いと期待しました。

 

ところがです。翌日マンションへ行って、驚かされました。

 

公道へ出したはずのミニバイクは、再びエントランス前に在り、更に、あろうことか、建物の雨水排水管(いわゆる雨どい)に、鉄製のワイヤーロック錠でつながれているではありませんか。

 

ようするに、建物につないで固定している! 頑丈なワイヤー錠を切断しない限り、動かす事さえ出来なくなっていました。

 

「これは故意だ。悪質な嫌がらせだ。しかも犯人は計画的だ。公道へ持って行かれたことへの仕返しか? ひょっとすると、何かもっと悪いことを企んでるのかもしれない。」 そう思いました。

 

今度こそ、警察もこの有様を見れば、何らかの措置を取ってくれるだろう。そう思い交番に助けを求めに行きました。

 

お巡りさんに説明し、「近くなので、現場を見て下さいよ」 と、マンションに連れてきました。

 

「なるほど、悪質な奴がいるもんだ。なるほど、なるほど。」 と、状況を見ながら納得するばかり。 「納得されても困るんです。これはもう犯罪じゃありませんか?」 と言ったんですが、 「う~ん、これは民事だな! 建物に疵をつけてはいないし。何か事件性がないとね~。警察としては直ちに介入は出来んね~ 」

 

残念ながら、やはり警察は介入してくれません。しかし、ナンバープレートの番号を控え、登録してるはずの役所(浦和市)の方へ、持ち主が誰かを照会してくれることになりました。 それは大きな前進です。

 

持ち主が判明すれば、半分は解決したようなもの。 ところが、お巡りさんから、その照会に対する回答を聞いて、また更に驚かされました。

 

浦和市からの回答では、このミニバイク!盗難を理由に、すでに廃車手続きが取られていたのでした。

 

「盗難されたミニバイクならば、これは正に警察の守備範囲。これで持ち主が分かりますね。盗難届を調べれて、所有者に連絡して、持って帰らせて下さい」 と、お巡りさんに頼みました。

 

「いや、ところが、警察の方で調べてみたんだが、このミニバイクに関する盗難届けは、出されていないんだ」

 

「え? それはどういうことですか? 盗難届けを出さずに盗難廃車するって、そんなのありですか?」

 

「う~ん、普通は無いけどね。 中には、要らなくなったバイクをどこかに捨てておきながら、盗まれたなどと嘘の理由をつけて、役所で廃車の手続きを取る、という奴もいるらしい。 バイクを処分する費用はかからないし、税金もかからなくなるし。 役所の方では、盗難届けを警察に出してなくとも、バイクの廃車手続きはできる。盗難というより紛失を理由にといった方が正しいかな。」

 

「それはずるい! 法の抜け穴ですか? こいつは知能犯ですね。 それを聞いたら、きっと真似する者が出てきちゃいますよ!」 と、私は憤慨しました。

 

「まあ、確かにずるい奴もいるな~。 でも、取り合えず、このミニバイクについては、浦和市役所の担当官の方から、廃車した本人に連絡を取って貰うように頼んだから、いくらなんでも、市役所から言われれば、あのミニバイクを片付けるだろう」

 

私は、お巡りさんに 「いろいろとお手配いただいて有難うございました」と、お礼を述べ、 そして、ミニバイクがエントランス前から消えるのを待ちました。

 

ところが、3日、4日と経っても、持ち主は片付けに来ない。

 

さすがに「もう行きたくないなー」 と思いながらも、私は また交番へ行き、お巡りさんに訴えました。

 

「未だ誰もミニバイクを片付けに来ませんけど、市役所の担当官は本当に相手に連絡してくれてるんでしょうか? 私、毎日あのバイクが気になってよく眠れないんですけど」 と泣き言まで言っちゃいました。

 

お巡りさんは、気の毒に思ってくれたようで、その場ですぐ、交番から市役所へ電話をかけてくれました。

 

しばらく電話で話しをしていたお巡りさんは、突然、受話器を持ったまま私の方を振り向き、「市役所の方では、間違いなく、ミニバイクの持ち主と連絡が取れてるそうだよ。持ち主は、すぐにバイクを取りに行くと言っていたそうだが・・・」

 

ウソだ! バイクの持ち主か、それとも市役所の担当官か、どちらかがウソをついている。 そう思い、私は、お巡りさんから受話器を受け取って、取り合えず、市役所の担当官と直接 電話で話しをしました。

 

「マンションを管理している岸本といいます。よろしくお願いします。ところで、持ち主は未だ現れないんですが、本当に連絡は取れてるんですか?相手は間違いなくバイクを片付けに行くと言ってるんですか?」

 

「確かに持ち主本人に連絡してますよ。取りに行くと本人が言っているのだから取りに行くはずですが。」

 

「でも、未だ現れません。連絡すらありません。このままバイクを放って置かれるようだったら、私はどうすればいいでしょうか? バイクにはナンバープレートも付いたままですよ。盗難廃車なんて嘘ですよ。まだバイクがあるのに役所は持ち主に税金かけなくていいんですか?」

 

「とにかく廃車の手続きは済んでしまっています。 持ち主も、バイクにまた乗るつもりなら、いずれ現れるでしょうよ。 その後に役所の方へも再び登録の手続きに来るんじゃないですかね。 こちらとしても強制はできませんからねー。 第一、持ち主はそこのマンションに住んでるんだから、お宅の方で直接話しをした方が早いんじゃないですか!」

 

え! 私は、担当官が電話口で言った 「持ち主はそこのマンションに住んでるんだから」 という一言に食いつきました。

 

「え! 相手はこのマンションの居住者ですか? やっぱり! そいつはここに住んでるんだ!」

 

担当官は、電話口の向こうでしばらく黙っていました。 うっかり余計なことを喋ってしまったと後悔しているのでしょう。

 

私は、受話器を強く握りなおし、声を大きくして言いました。「わかりました! 私の方から、持ち主に直接連絡を取って交渉しますから、その人の名前と電話番号を教えて下さい! お願いします。」

 

「いや、行政機関が個人情報をみだりに他人に教えるわけにはいきませんので。 あとは自分で調べて下さい。」 と 電話を切られてしまいました。

 

お巡りさんに、電話をかけてもらったお礼を述べ、私は、仕方なくマンションへ戻りました。

 

〝どうやって、ここに住んでるはずの バイクの持ち主を探し出すか″ を考えながら、相変わらず、エントランス前の、マンションの排水管にワイヤーロック錠でつながれたまま、雨ざらしとなっているミニバイクを、じっと眺めました。

 

雨ざらしの状態で、すでに1カ月以上経っています。車体にはすっかり錆が出ており、座席のシートも油のような汚れでベットリ! 見るからに無残な状態になってしまった。 

 

様子を見に来た警備員も言いました。「多分もう乗れないでしょう。 廃棄物ですよね。 こうなっちゃうと本当に廃車するしかないですよ。」

 

〝確かにそうだ。もし私が持ち主なら再び乗る気はしない。このまま放置して捨てるだろう″ と思いながら、今度は廃棄する時の処分費用が気になり始めた。〝もしも、管理組合で処分費用を出して下さいと理事会で言ったら、みんなになんと言われるだろう″ 新たな不安が生まれました。

 

とにかく何としても、このマンションに住んでいるはずの「ふとどきな違法駐輪者」の名前を割り出さなければなりません。

 

 このバイクに何か手掛かりが無いかよく調べてみると、車体の前面の泥よけに、微かではあるがマジックで字が書かれた跡が見えます。「溝・・眼科」と読めるような気がしました。

 

管理事務所で居住者名簿を出してもらい、それに近い名前があるかどうか時間をかけて調べました。居住者は350世帯以上ですので、けっこう時間はかかります。ほかにもやるべき仕事があるのに、こんなことに時間をかけている自分が情けなくなりました。

 

ファイリングされた名簿を何枚もめくっていくと、「溝内(仮名)」という苗字に目が留まりました。緊急連絡先に なんと「溝内眼科医院(仮名)」とあります。職業は普通会社員とか自営業とぐらいしか書かれていないのですが、この人は「医師」とまで書いてありました。

 

ひょっとしてこの人が違法駐輪者か? 可能性は極めて高いと思いました。が、反面、医者ともあろう者がこんな悪質なイタズラみたいなことをわざわざするかしらん? やることが良識ある医者にしてはあまりに「卑劣でセコい!」と思ったのです。

 

緊急連絡先として、医院の電話番号が記載されていたので、取り合えず半信半疑で電話をかけてみました。

 

「もしもし、溝内先生にお話ししたいことがあるのですが、先生はお手すきでしょうか? 私は〇〇マンションの管理をしている△△管理会社の岸本と申します」

 

受付の看護士らしい女性の声で、「先生は診察中で手が離せません」 とのことでしたので、後ほどかけ直すことにしました。 その後、午前中から午後にかけて、同様に数回電話しましたが、忙しいらしく、なかなか本人と話ができませんでした。

 

ようやく本人と話が出来たのは、午後3時近くだったと思います。「もしもし、溝内先生ですね。お忙しいところすみませんが、私、先生がお住まいの〇〇マンションの管理をさせていただいている者です。実は、先生もお気づきと思いますが、エントランス前にあるバイクの件で、ひょっとして、先生が持ち主ではないかと ・ ・」

 

と、私が最後まで説明するより前に、「知らないよ! 知らないよったら、知らないよ~~」 と、まるで子供が、知ってるくせに知らないふりをする時のような喋り方。 とても馬鹿にされているようでムカッときました。

 

「そうですか。知らないですか。先生のバイクかと思ったものですからお電話さし上げたのですが。」

 

「知らないよ! 第一、ナンバープレートが付いてるだろ! その番号で役所に問い合わせしたのかよ? とっくに廃車になってんじゃないの~?」

 

〝廃車になってることが分かっている! 自分が持ち主だと白状しているようなものだ!″ やっぱりこいつが持ち主だと確信しました。 「そうですか。先生が知らないと仰るなら、管理組合があのバイクを処分しても構わないですね?」

 

「フン! 勝手にしろよ。俺は知らないから。処分したけりゃどうぞ勝手にすれば~~。 その代り後でどうなっても知らないよ!」 と、最後は脅されてしまいました。

 

これで、持ち主には、バイクを片付けようという気が全くないことがよく分かりました。 警察も役所も頼りになりません。こうなったら、脅されようと何されようと、こちらでバイクを処分するしか無いと思いました。

 

定例の管理組合理事会にて、この悪質な違法駐輪の件について、今までの経緯を詳しく説明し、管理権に基づきバイクを処分したい旨、理事会の承認を求めました。

 

しかし、理事長をはじめ役員の面々は心配しました。「このマンションにも、ひどい奴がいるもんだね~。 それは明らかに故意だね! 何を企んでるか分からんぞ。 とにかく後になって、〝俺のバイクを勝手に処分しやがって、弁償しろ!″ なんて因縁つけられないように、よっぽど用心してやれよ! よっぽどな!」

 

そう言われて仕方なく、とにかく用心のため時間をかけて放置バイクの処分手続きを実行するすることにしました。

 

先ず、「管理権に基づき、1か月以内に持ち主が取りに来ない場合はバイクを処分します」 との掲示、及びバイクへの直接の貼り紙をしました。 ちゃんと貼り紙してある写真も証拠として撮影しておきました。

 

1ヶ月間待った後、工事業者さんからチェーンカッターを借り、バイクと建物の排水管を繋いでいたワイヤーロック錠を切断し、やっとバイクを動かせる状態にしました。

 

後から、例の溝内氏が来て「俺のバイクをどうした!?」などと因縁をつけに来るかも知れない。 そう思い、正に用心のため、そのバイクをマンションの倉庫に3カ月も隠しておきました。 3か月もですよ! その間、倉庫が狭くなって随分不便でした。本当に邪魔な廃棄物ですから。

 

3ヶ月待った後、終にバイクを処分することにしました。バイクの状態が良ければタダで引き取る業者もいるでしょう。 ネットでそのような業者を探し出しましたが、長い間雨ざらしになっていたためバイクの状態は悪く、無料で引き取るように業者と交渉するのに苦労しました。

 

結局、マンションで、ミニバイク違法駐輪事件が発生してから処分完了するまで、半年近くかかりました。 彼は何故、ワイヤーロック錠でバイクを建物に固定するなどという、こんな悪質な違法駐輪をしたのでしょう?

 

しばらく後になって考えると、1つだけ思い当たることがあります。 実は、このマンションにバイク置き場は数台分有ったのですが、当マンションが再開発物件であったため、旧地権者のみが特権的にバイク置き場の使用権を得ていたのです。 当然、地権者以外の居住者は不公平感を抱いていたでしょう。 ひょっとすると、彼の行動は、そうした不公平に対する当てつけだったのかも知れません。

   ( 完 )

 

余談ですが、この眼科医は、この事件から約1年半後、レーシック治療の違法診療で大勢の患者から訴えられ、大いに世間を騒がせた人です。 やっぱり大物だったんです(悪い意味で)。

 

違法診療で世間を騒がせた時も、私は、この人のお陰で、また ひどい目にあわされました。 その件は、いずれ後日、このコーナーでお話しするつもりですが、 明日からは駐車場裁判について、私が経験した笑える話をご紹介します。

 

     ※今月の曲 ①: 「カノン オリジナル」 名をクリックして聴いて下さい。

                                ②: 「カノン アレンジ」    曲名をクリックして聴いて下さい。