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ブログ :  無人管理人室の黒電話
投稿者 : kishimoto 投稿日時: 2011-01-06 23:37:10 (1999 ヒット)

私の知り合いに、都内のマンション管理会社でフロントマンを勤めているA君(仮名)という男性がおります。 年齢は30代後半で妻子もいます。 それほど親しいわけではありませんが、時々酒の席で会います。 

 

そんなA君と酒を飲みながら談笑していたときに、彼が面白い体験談を話してくれました。 その内容を、ここで少しだけお話しします。

 

A君は、常時12~13棟のマンション管理を担当しています。その内の約3分の1は無人管理のマンションです。 

 

マンションの管理形態には、有人管理 と 無人管理という区別の仕方が有ることをご存知でしょうか? 有人管理のマンションとは、文字通り、管理人さんが日常の管理業務を行ってくれます。一方、無人管理のマンションには、管理人はいません。 

 

そういうマンションはどのように日常管理を行うかと言いますと、 管理会社のフロントマン、或いは巡回管理員が、定期的に巡回して、マンションの設備を点検したり、電球等が切れていれば交換したりしています。 朝のゴミ出しや日常清掃は、ほぼ毎日必要ですので、別途に、午前中3時間だけ等の短時間労働で、清掃員を採用します。

 

管理コストの面では、当然、無人管理の方が有人管理より安くあがりますので、管理組合として導入を検討しているところも多いでしょう。

 

ある日、A君は、いつものように、担当している無人管理のHマンション(仮名)へ巡回に行きました。 マンションの設備の見回り、切れた電球の交換、管理組合ポスト中の郵便物の回収などが巡回の仕事です。何らかの工事等がある時は立ち会いもします。

 

Hマンションは、以前は有人管理のマンションでした。それ故、6畳程度の割とゆったりした広さの管理人室が有り、そこには、事務仕事が出来るように、机と椅子、書類を保管するキャビネット等が揃えてありました。 やはり管理委託費を低く抑えるため、管理人を置くのを止め、無人管理の方式に変えたのでした。

 

A君は、先ず、管理組合ポスト中の郵便物を回収して内容をチェックし、マンション内を屋上から地下室まで一周して、電球切れや、設備の故障箇所は無いかを目視で調べ、それが一通り終わると、誰もいない管理人室に入り、各種報告書や議事録等を整理して、キャビネット内にファイリングします。

 

通常これらの作業に、30分から1時間ぐらいかかります。 A君は一通り作業を終えると、無人の管理人室で、机を前に椅子に腰掛け、一息入れます。

 

誰もいない無人の管理人室で一人、デスクでペットボトルのお茶を飲みながら一休みし、机の上をぼんやり眺めていると、日々の忙しさから一瞬だけ解放され、少し落ち着きます。

 

机の上には、先ほどポストから回収した郵便物と、メモ用紙、それからダイヤル式の黒電話が有りました。 今時、ファックス機能付きプッシュホンが当たり前の時代に、このマンションではダイヤル式の黒電話だったのです。 本当に珍しい。 マンションが建った当時からのものでしょうか。

 

とっても懐かしい電話機です。 見ているだけでノスタルジックな気分になります。 黒電話を眺めているうちに、A君の頭脳は、この電話機を実際に使っていた時代にフラッシュバックして行きました。 それは彼が子供の頃、たぶん小学校の1~2年生頃のことでした。

 

その頃、A君は親の仕事の関係で3年間ほど、西日本の都市に住んでいましたが、Y子さんという仲の良い幼友達がいました。 年齢はA君より少し下だったようです。 30年近く昔のことなので、どこに住んでいたか?、どういうキッカケで知り合ったのか? 学校は同じだったのか? 更に、顔も、苗字さえも覚えてはいませんが・・・。

 

子供だったA君は、普段電話は使えません。 ただ、幼友達のY子さんの家に遊びに行く時だけは、彼女の家に 「これから遊びに行っていいですか?」 と電話したのでした。 彼女のお母さんが 「どうぞ、いいですよ」と、了解を得てから出かけたのです。

 

電話機は大人の腰の高さの台に置いてあったので、子供だったA君は、椅子を持ってきて、その上に立ち、電話のダイヤルを指で回すのでした。 ダイヤルを回した時の指の感触は覚えています。 〇〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇と番号を唱えながら回したことを思い出します。

 

その時、どういう訳か、全く忘れていた電話番号が頭に思い浮かんだのです。普通なら覚えているはずのない、数字の記憶が、突然、蜃気楼のように浮かんできたのでした。

 

〝たしか、〇〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇番だった! うん、きっと 〇〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇番だった! 〇〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇・・・、〇〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇・・・″ と、A君は、ダイヤルを回す自分の幼い姿を想いながら、繰り返し番号を暗唱し、その番号をメモ用紙に書き写しました。

 

そして、次に、その電話番号の相手に、実際に電話をかけてみたいという衝動に駆られました。

 

〝まさか、Y子さんが電話に出てくる筈はない。 電話番号が変わっているかも知れないし、引越ししてるかも知れないし、そうでなくとも、結婚して家を出てるだろうし・・・″ そう思いながらも、電話をかけてみたい。

 

〝もしも別人が出てきたら、「番号間違えました、すみません」と言って、謝れば済むことさ″ と、度胸を決めて、受話器を取り、思い切ってダイヤルを回しました。 〇〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇番

 

ルルルルル・・・ と、電話の呼び出し音が確かに聞こえます。 10秒、15秒、20秒、と 時間が経過し、A君は緊張しました。

 

「もしもし。」 相手が受話器を取り、電話に出ました。「もしもし、どちら様ですか?」 女性の声でした。 そんなに若くはない、中年の女性の声だと感じました。

 

A君は、一瞬息を飲みましたが、思い切って返事をしました。「え~、私は、あの~、〇〇と申します。 実は昔、お宅の近所に住んでいたんですが、幼友達でY子さんという子がいまして~、 この電話番号がそのY子さんの家の電話番号ではないかと思い・・・、 お電話したんですが・・・・・・」

 

かなり、シドロモドロな話し方だったようですが、とにかく話し終えて、相手の反応を待ちました。 少し沈黙が続きましたが、

 

「え? ひょっとして、小さい頃よく遊んでくれたA君? ほんまにA君なの?」

 

なんと、驚いたことに、電話の相手は Y子さん本人だったのです。 「そうです! 僕 Aです。 懐かしい! よく覚えてたね~。」 A君は嬉しくて声が上ずってしまいました。

 

「うっそ~! ほんまにA君なんや。 何年ぶり? またどうして電話かけてくれはったん? よく電話番号おぼえてたね~」

 

「もう30年ぶりかな~。 いや実は、今、僕は〇〇株式会社△△支店のマンション管理部というところで働いてるんだ。 何棟もマンションを担当していて、今もその内の1棟に巡回で来てるんだけど、 ここの管理人室の黒電話をジッと見ていたら、Y子ちゃんのことを思い出して・・・、 もっと不思議なことに電話番号も思い出しちゃって・・・」

 

「へえ~。 不思議なこともあるんやね~。 人間の記憶力って!」

 

「でも、Y子ちゃんが電話に出てくるとは夢にも思わなかった。 ラッキーだな~。 しかも、僕のこと憶えててくれてて嬉しいな~。 とっくに忘れられてると思っていたから」

 

「憶えてるわよ。 よく遊んでくれたもの。 学校が違うのに、 トランプしたり、ダイヤモンドゲームしたり、小ちゃかった私をよく面倒見てもらったから」

 

「そうだったっけ。 可愛かったからな~、Y子ちゃんは。 でも、30年も昔の電話番号に電話して、今こうして君と話せるとは夢みたいだ」

 

「そうね~・・・、 私も一度は結婚してこの家を出て、子供もいるんだけど、色々あってね~・・・、 今はこうして実家にいる訳なの」

 

「そ、そうか~、色々訳ありなんだね」 どうやらY子さんには、人には話したくない複雑な事情がありそうなので、A君は話題を変えました。

 

「そうだ! ねえ、Y子ちゃん憶えてるかな~、 僕が君のお母さんに、『僕、大きくなったら、Y子ちゃんと結婚します!』と言ったら、君のお母さんに大笑いされたこと」

 

「ハハハハ・・・ 、 そんなことがあったわね~。 あの時は、お陰さまで、幼いながらも、女として自分に自信が持てたわ!」

 

その後しばらく、昔話に花が咲き、A君は時間が経つのも忘れていましたが、ふと時計を見て、未だやらなければならない仕事が残っているのを思い出しました。

 

「いや~、突然電話して、長話ししてごめんね。 未だ仕事が残っているので残念だけど電話切ります。 本当に話が出来て楽しかったです」

 

「そう、私も楽しかったわ。 もし、こっちの方へ来ることがあったら、連絡ちょうだい」

 

「それじゃあ、また、・・・」 A君は電話を切りました。

 

〝さっさと残りの仕事を片付けなきゃ″  ちょうど晩秋の頃で陽が短くなってきたため、エントランスの照明の点灯時刻を早めるためにタイマーをセットし直し、 廊下の蛍光灯で切れていたものを交換し、 掲示板の掲示物を張り替え、A君は巡回の仕事を全て終えました。 

 

〝予定より随分時間が掛かっちゃった、早く帰社しなければ″ そう思って帰ろうとした時、 ひとつ大きな忘れ物に気がつきました。

 

〝しまった! Y子ちゃんの苗字を聞いてなかった。 今度電話するとき、姓で呼ばず、いきなりY子さんのお宅ですか? では、大人としてみっともない。 住所も聞いてなかったし・・・″  町名も地番も、通った時の道筋も何も憶えていません。

 

A君は、急いで、もう一度電話をかけました。 先ほど番号を書いたメモを見ながら、黒電話のダイヤルをまた回しました。 〇〇〇〇-〇〇-〇〇〇〇番。

 

ところが、ところがです。

 

「お客様のおかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになって、もう一度おかけ直し下さい・・・」 という音声が流れてきました。

 

〝あれっ! 番号間違えたか?″ もう一度かけ直しました、が、やはり「お客様のおかけになった電話番号は・・・」です。 また、かけ直しましたがダメです。 〝そんなバカな・・・″  A君は動揺しました。

 

何度かけ直しても通じません。 〝どこか1字、数字を間違えてメモしたのかも知れない″ と思い、少しづつ番号を変えながらかけ直してみるという方法も試みました。 

 

何度もダイヤルを回しました。 しかし、 Y子さんの家に電話はつながりません。 〝一体どうなってるんだろう?・・・″ A君の頭と心は混乱しました。 

 

何が何だか・・・。 〝さっき彼女と話したのは夢だったのか? いや、そんな筈はない!″ A君は先ほどの電話でY子さんの姓と住所を聞いておけばよかった、と後悔しました。 そうすれば夢ではなく現実だったという証にもなったでしょうから。

 

A君の気持ちを例えるなら、 幸せの青い鳥を捕まえて、せっかく両手で包みこんだのに、手を開いて見たら中は空っぽだった。 というような、まるで巧妙な手品を見せられたような、そんな感じでした。

 

時間も遅くなってしまったので、A君は、頭と心が未だパニック状態のまま、仕方なく 帰途に着きました。

 

晩秋の夕暮れ近く、もう陽も傾いて、A君は真正面から夕陽を浴びながら帰ったそうです。 夕陽がやけに目にしみて涙が出そうになったそうです。

  (完)

                「あの空の彼方へ」:クリックして聴いて下さい。

 

数ヵ月後、A君の会社に、A君宛の封書が届きました。

差出人の名前も住所も書かれていなかったのですが、中の手紙を読み、それがY子さんからのものだとすぐ分かったそうです。

A君は手紙を読み、電話で彼女と話したことが夢ではなく現実だったことが確認できた訳です。 また、どうしてあの時電話が通じなくなってしまったのか、その理由も分かりました。

しかし、その手紙の内容は、2人の、あまりにもプライベートな過去の事件に触れるので、これ以上、続きを書くのは止めておきます。

 

次回から、マンション関係の仕事で、今までに怖いと思ったことを、いくつかショートストーリーで書きたいと思います。

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