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投稿者 : kishimoto 投稿日時: 2016-04-10 13:56:20 (375 ヒット)

東京都行政書士会 国分寺支部所属の行政書士による遺言・相続等に関する無料相談会が開催されますのでお知らせいたします。

相続に関する様々な問題や悩み事等、何なりとご相談下さい。

日時・会場等につきましては、下記のHPをご覧下さい。

http://kokubunji.tokyo-gyosei.or.jp/soudankai.htm

 

 

 

 

 

 

 


投稿者 : kishimoto 投稿日時: 2015-04-15 00:09:52 (420 ヒット)

今回は投資・経営ビザと事業計画の関係についてです。

外国人の在留資格の中で、誰にでも取得のチャンスがあるのは「日本人の配偶者等」と「投資・経営」ではないかと私は思います。「日本人の配偶者等」ビザは日本人と真実の結婚をすれば取得できます。また、「投資・経営」ビザは一定の出資金と確実なビジネスプランがあれば取得できるでしょう。反面、審査は厳しくハードルは高くなります。

 

「投資・経営」ビザについては、資金が準備できれば会社を新設して事業を開始し、オーナー社長として「投資・経営」ビザを申請します。事業内容に問題なしと入管が認めれば速やかに許可が下ります。私の経験では、最短で1ヶ月でビザが取得できた方もいました。一方で事業計画に無理があると判断されれば審査で何ヶ月も待たされた挙句に不許可となってしまいます。

 

とにかく重要なのは事業計画書です。ウェブサイトなどで事業計画書のサンプルなどが散見されますが、それらを埋める程度ではダメだと認識しておいて下さい。既に母国で事業経験が豊富な方であればお分かりでしょうが、これから新規事業を日本で行うという方はプロフェッショナルと十分に相談しながら事業計画書を完成させて下さい。私もプロの端くれとしてご相談に乗りますよ。表面的な計画や数字だけでなく、実現可能性や、安全性、収益性、成長性等の様々な財務指標、及びキャッシュフローを考慮しながら作成します。

 

事業計画書は、もちろん入管に提出して「投資・経営」ビザの許可を取得するために作成しますが、そもそも事業計画書は出資者を募ったり銀行から資金を借入れたい場合の判断資料になるわけですから、そうしたケースにも通用するレベルのものを作成すべきです。銀行折衝の経験がある方はご存じでしょうが融資の審査は厳しいですよ。私は以前、ある会社で財務担当として銀行と厳しい折衝を行った経験がありますが、最大の武器となったのが中長期の経営計画書(=事業計画書)作成能力でした。

 

話は横道にそれますが、「貸し剥がし」という言葉を聞いた覚えはありますか? 昔バブル崩壊後に債務超過に陥った中小企業は、銀行の要求に従って会社の有望な保有資産を片っ端から処分し返済に充当しました。1日でも早く不良債権を回収しようとした銀行の不良行為です。現実の貸し剥がしは、TVドラマ「半沢直樹」のシーンを上回るものでした。銀行から社長とともに事業報告をするよう呼び出された時のことですが、応接室ではなく倉庫に通されたときは驚きました(銀行にとって最早客ではないという脅しです)。また、「銀行が血を流してんだからお前らも血を流せ」と言う銀行マンもいました。銀行は血を流しても生き残りますが、中小企業は血を流した後に出血多量で死んじゃいます。

 

なお、事業計画書は作るだけでは意味がありません。実現させなければ、将来会社は破綻し、「投資・経営」ビザも更新できませんから、常に計画書のフォローが必要です。

 


投稿者 : kishimoto 投稿日時: 2015-03-16 14:05:53 (607 ヒット)

今回は民事の仕事に関する経験談です。

行政書士として、遺言、相続、任意後見契約等、人生のEnding に関する業務を扱っていますが、少し珍しい案件で、尊厳死宣言書の作成を経験しました。英語でLiving Will Declarationと言います。

 

将来病気にかかり、それが不治であり、かつ、死期が迫っている場合に備えて、延命措置を拒否する宣言書です。公正証書にすることによって本人の意志が確実に尊重されると期待できます。ただし、あくまでも期待できるに留まります。最終的には医師の判断によることを認識しておいて下さい。

 

しかし、こうした公正証書があることによって、医師が本人の意志を尊重して延命措置を中断したことによって死亡しても、後日殺人罪などで訴追されることは回避できますから、医師にとっては不安が解消され、適格な判断ができるようになると考えられます。

 

その点、日本に比べ外国では法的整備が進んでいるようで、Do not resuscitate (DNR)蘇生措置拒否と訳されています)というシート(様式)があり、同書面に本人が署名することによって、万一の場合は本人の意志が確実に尊重されるようです。

 

DNRシートには非常に具体的に拒否する治療法等が印刷されており、感心させられます。日本ではこうした議論さえ躊躇されていることに不安を感じます。いずれ必ず我々自身の終末の問題に係わってくるのですから。

 


投稿者 : kishimoto 投稿日時: 2015-03-14 18:46:59 (378 ヒット)

今回は外国人サポート業務、在留資格「定住者」の許可申請についてお話しします。

一般に「離婚定住」と呼ばれている在留資格の許可申請に関する経験談です。

外国人であるA君(男性)は、日本人女性と5年前に結婚し、「日本人の配偶者」という在留資格を得て日本人妻(B子さん)と円満な夫婦生活を送っていたのですが、男女間のトラブルから離婚することとなってしまいました。彼が離婚後も引き続き日本に留まれるよう「日本人の配偶者等」から「定住者」へ在留資格変更の許可申請をサポートしました。無事に許可が下りA君は独身者として引き続き日本で生活をすることができるようになりましたが、入国管理局へ申請書類一式を提出してから許可が下りるまで約4ヶ月かかり、かなり心配した案件です。

 

A君は30代の男性で、初めて相談を受けたのは昨年の6月でした。最初の相談は在留資格の件ではなく、離婚問題に関する相談でした。日本語は達者ではありませんでしたが英語でコミュニケーションができました。

 

A君はB子さんから離婚調停の申立を受け、家裁から呼び出しを受けているがどうすれば良いか教えて欲しいということでした。要するに奥さんから離婚を請求され途方に暮れている様子でした。離婚申立ての理由には、「性格があわない」「暴力をふるう」「性的不調和」の3点が挙げられていましたが、A君には全く身に覚えがなく、B子さんとは別れたくない! どうしよう?・・と悩んでいました。

 

A君の説明によると、1年ほど前、B子さんにA君以外の好きな男性が現れ、その時からA君とは別居して新たな男性と同棲しているとのことでした。離婚原因は奥さんにあるというのが真実だったようです。

 

A君はB子さんに未練があり、別れたくないということでしたので、離婚調停の答弁書には「離婚申立ての理由を全て否定」し、「婚姻関係を維持」したい旨を日本語で記載して提出するようサポートしました。また、家裁に対しては、彼は日本語が不得手なので英語で話せる調停人を選任してもらえるよう電話でお願いしました。愛する妻を他の男性に奪われた夫は可哀そうです。

 

その後、度々A君と面談し、調停の進行状況を聞きながらアドバイスを行い陳述書の作成等をフォローしましたが、B子さんと縁りを戻すことは無理なようで、B子さん側からA君に対し慰謝料を払うことを条件にA君が離婚に応じるという調停離婚が成立しました。要するに離婚原因は妻側にありA君に責任はないが、夫婦関係の維持は難しいので仕方なく離婚に応じるという無情な結果となりました。

 

しかしこの時点で、A君にとっては在留資格という大きな問題が発生しました。彼の「日本人の配偶者等」のビザは残余期間が数ヶ月しかありませんでした。A子さんとは既に別居しているため在留資格の更新は不可能です。調停を不調にして裁判になれば裁判継続中は日本に留まれますが、訴訟を維持するには時間的余裕や経済力が必要です。

 

A君が離婚後も日本に留まり今の会社で仕事を続け、生活を維持できる方法の1つとしては、「日本人の配偶者等」から「定住者」ビザへ在留資格の変更を許可してもらうという道も、可能性として残されていました。いわゆる「離婚定住」の許可申請です。

 

元来「定住者」ビザは、「法務大臣が特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定して居住を認める者」に付与される在留資格ですが、許可が下りるか下りないか行政裁量に依るところが大きく、極めて難易度は高い申請になると予想されました。法務省入国管理局からは以下の通達が出ています。

http://www.moj.go.jp/content/000099555.pdf

 

A君と十分話し合って申請の方針を固め、申請書類一式を作成し、入管へ申請取次しました。書類を作成する上で最も注意した点は、①婚姻生活の実態と離婚原因、及び ②日本で生活する経済力でした。

 

①婚姻生活の実態と離婚原因に関しては、彼の離婚調停の相談を数ヶ月続けてきたので、実態のある婚姻生活が4年以上あったことや、離婚原因は妻にあり彼に帰責事由がないことは理解していましたが、それは彼から聞いた情報でありB子さんから話を聞いたことはないので、彼女の離婚申立て理由に当初記載のあった「暴力をふるう」が若干不安でした。その点は何度もA君に確認し「Domestic violence is the biggest problem」と言いましたが、彼は「No violence. Not at all.」と強く否定し、私も彼を信じました。

 

②A君の日本で生活する経済力については、彼の職場の上司の方にも応援していただき、根拠資料をできるだけ多く収集しました。実際のところ離婚した元妻は高給取りだったようで、別れて独身で生活することとなったA君の今後の生活は決して楽ではなさそうでしたが、A君は契約社員として1つの会社に継続して長く勤務しており真面目でしたから、その点を根拠資料と理由書でアピールしました。

 

9月に調停離婚が成立し、その後に申請書類をまとめて10月末頃に入管へ提出しましたが、最終的に許可の通知が届いたのは翌年2月の末頃でした。約4ヶ月間の審査を通りビザが下りてホッとしました。

 

何分、審査中の1月に、彼の「日本人の配偶者等」の在留資格は期限切れとなったため、私は毎週 入管へ審査状況を確認するため電話しましたが、電話は混んでいることが多く つながるまで何時間もかかることもあります。入管から「現在、離婚の経緯を調査中です」と言われた時は離婚原因に何か問題があるのかと不安を感じましたが、許可が下りて無事終了・・・です。

 


投稿者 : kishimoto 投稿日時: 2014-04-15 23:43:37 (3686 ヒット)

私は、以前 マンションの分譲、賃貸、及び管理を行う会社で、仕事をしていたことがあります。 その会社は、渋谷、青山、赤坂、新宿といった良い場所にマンションや店舗ビルを持っており、室数も300以上所有していました。

 

会社はオーナー企業で、ワンマン経営でした。自分の腕一本で、戦後の土地を買い、ビルを建て、分譲したり、或いは、売れ残りは所有したまま賃貸し、且つ、管理会社として、建てたマンションやビルに影響を及ぼし続けるといったやり方で、利益を確保していました。

 

私がそこで働いていた頃に経験した、マンションの地下駐車場における専有権(および専用使用権)を争った訴訟の体験を、お話しします。

 

マンションの駐車場裁判といっても、色々な類型があるようです。例えば、①マンション分譲時に駐車場1区画 〇〇万円といった形で分譲業者が区分所有者との間で売買したような形態、 あるいは②分譲業者自身や等価交換方式の元地主の許に駐車場所有権または利用権が留保され続けるといった形態、 その他分譲時の契約内容や駐車場の状態(敷地か車庫か)などで微妙に差異があり、ケースバイケースで訴訟の内容も違うでしょう。

 

先ず、訴訟に至るまでの経緯を説明します。 

 

その対象となる駐車場があったマンションも、その会社(以後、「K社」と呼びます)が、デベロッパーとして建て、半分を分譲し、半分は自社所有のまま賃貸していました。

 

マンションの敷地面積は約300坪、SRC造りの地上11階地下1階の建物で、駐車場は地下1階でした。但し、地下といっても、いわゆる半地下状態の特殊な構造でした。 

 

どういう風に特殊かと言いますと、東西南北 4つの壁面のうち、南西の2面は壁が無く、数本の柱だけで支えられた形=いわゆる「ピロティー」になっていました。 なお且つ、南西の部分は、隣接ビルの敷地の擁壁から3メーター以上離れており、その間には屋根も天井もなく採光が取れ、半地下の駐車場とはいえ、昼間はけっこう明るい場所でした。

 

この駐車場に、どのように車を入れるかと言いますと、 マンション1階の北側に駐車場入り口があり、そこから入り、スロープを下って、南奥の突き当りを左折して駐車場へ入るようになっていました。(スロープはかなりの急勾配でした)

 

以上がマンション駐車場の概要ですが、どういう訳か、私がK社に入社した頃、その駐車場に車は1台も無く、駐車場としては使われていませんでした。その代りに、ステンドグラスやガラス細工の工具が陳列され、それらを販売する店舗として使用されていました。  

 

そういう状況からして、入社当初から、〝変だな!何かいわくがありそう!″ とは思っていましたが、・・・。

 

次に、争いの経緯を説明します。

 

K社がこのマンション(以後「Mマンション」と呼びます)を建築し分譲したのは、昭和49年です。 全部で160室ありましたが、ほぼ半分を分譲し、残り半分をK社が所有し賃貸していました。

 

問題は、マンション分譲時、売買契約書の中に、地下駐車場の所有権はK社が留保するという条文を入れてあったことから始まります。

 

当時は、新築分譲時に、デベロッパーが駐車場の所有権(或いは専用使用権)を専有部分とセットで売るケース(部屋だけ売るより付加価値がついて高く売れる)と、 デベロッパーが駐車場の所有権(或いは専用使用権)を自社の権利として留保する(駐車場からの賃料収入を得ようという意図)ケース、の2つの類型が多かったようです。

 

今日では、駐車場が専有部分(車庫)としてと認められる場合でない限り、共用部分として管理組合が管理し、区分所有者(或いは居住者)は専用使用権を付与され、組合と使用契約を結び使用料を支払う、というのが一般的でしょう。

 

しかし、昭和49年当時、分譲マンションを購入した区分所有者は、専有とか共用とかの認識はまだ薄く、分譲デベロッパーの契約書の中身をさほど疑うこともなく、駐車場の権利のことなど、あまり気にしていなかったようです。 まあ実際、区分所有法が整備されたのはもっと後になってからのことですから無理も無かったでしょう。

 

また、K社は、Mマンションの管理につても、管理費・修繕積立金の徴収から建物・設備の保全・修繕まで一手に行っていました。 分譲時から売買契約と同時に管理委託契約も結んでいた訳です。

 

分譲後しばらくの間(10年以上)は、駐車場に関して何の争いもなく、K社が自由に使っていました。 ただし、先にも述べたように、どういう訳か、この駐車場は数年後に、ステンドグラスやガラス細工の工具を販売する店舗となってしまいましたが・・・。 

 

争いが始まったのは、昭和59年に区分所有法(いわゆるマンション法)が大幅に改正された後だったようです。

 

それまで K社はマンションの管理業を一手に行い、結構高い管理費や修繕費で高収益をあげていました。 誰も文句を言わない事をいいことに、長い間、甘い汁を吸っていた、ということです。

 

しかし、それまで無頓着だったマンション購入者(区分所有者)達も、区分所有法の大幅改正を機に、〝K社がマンション管理会社として儲け過ぎているのではないか? 管理費や修繕費は適正な価格を超えているのではないか?″ と疑い始めました。 やっと気付いたのですね。

 

時代が昭和から平成に移り、バブル経済がはじけると、区分所有者の生活も苦しくなり、とうとうマンションの高い管理費にクレームがつき始めたのです。

 

Mマンションには、管理組合も設立されており、毎年、総会も開催されていました。K社は管理者として管理費等の会計報告も行い、形式的には総会承認も取れていました。

 

何分、K社はマンションの持ち分の半分(即ち、議決権の半分)を持っているわけですから、普通決議である決算・予算に関しては、否認されることはないのです。

 

しかし、管理費を下げろという声は次第に大きくなり、K社と他の区分所有者との関係は険悪になって行きました。 区分所有者全員が値下げ要求という訳ではありません。 一部の区分所有者は「どうでも良い」 と、相変わらず無頓着でした。 K社は、そういう人々を「賛成派」、管理費を下げろと言う人々を「反対派」と呼んでいました。

 

反対派は、管理費を下げるためなら、管理の仕様やサービスを落としてもよいとまで言いましたが、K社はMマンションの半分を所有する賃貸業者でもあるため、仕様やサービスの低下には同意しません。

 

こうして、管理費を巡る争いは平行線をたどっていたのですが、ある日、反対派の一人が、地下駐車場の権利関係について争うことが出来ると、気付いたのです。

 

反対派は、K社が分譲時から、契約上所有権を留保している地下駐車場について、「地下は法定共用部分じゃないか? 法定共用部分をK社が独占的・排他的に使用しているのはおかしいのじゃないか? たとえ使用するにしても使用料を払うべきではないか? 第一、駐車場と言いながら実際は店舗として使っている。それこそ家賃相当の使用料が払われて当然だ」 と主張し始めました。

 

確かに、地下駐車場は一見して法定共用部分でした。 何故なら、床面には水槽のマンホール、壁には分電盤、天井には露出のダクトや排水管など、共用設備がいっぱいありましたし、非常用照明も数か所あり、避難経路としても重要な場所でした。また、4壁面のうち南西の2面は柱だけで壁が無く、専有部分としての要件である構造上・利用上の独立性が無かったのです。

 

第一、壁に囲まれていない室のため、専有部分としての登記も出来ず、固定資産税も納めてはいませんでした。

 

ところが、K社は、分譲時の契約書をたてにとり、「地下駐車場は車庫(専有部分)であり、K社の所有権が留保されている。 もし万一専有部分と言えなくても、購入者が地下駐車場に対するK社の権利を契約書で認めたのだから、K社は無償で専用使用できる。」 と言い張りました。

 

以上が争いが始まるまでの経緯です。 ちょっと前置きが長くなりましたが、ここからのお話が、戦い本番の物語です。

 

とうとう、反対派は弁護士をたてて、地下駐車場が法定共用部分であることの確認と、K社がそこを店舗として使用していることに対し、正当な使用料を払えと訴えを起こしました。

 

更に、マンションの管理費について、「本来この駐車場使用料が、管理組合の収入として入金されていれば、その分我々の支払う管理費は安く済むはずである!」 として、支払い拒否を始めました。 即ち、反対派の管理費滞納が始まったのです。

 

これに対し、K社は、マンションの管理者として、反対派の管理費滞納額に対する請求の訴訟を提起し、対抗しました。 もちろん弁護士をたててです。

 

こうして互いに訴え合う形で、長い戦いが始まりました。結局、訴訟が終わるまで7年以上かかりました。 ドロ沼の戦いです。

 

裁判所は、当初、両者に「和解」を勧めました。 「まあ、同じマンションに住んでるんだから仲良くしなさいよ。話し合いで解決を!」 ということでしたが、互いに感情的になり、和解は成立しそうにありませんでした。

 

その和解の最中に、反対派から突然、次のような予想外の発言があり、一同びっくりしました。

 

「みんな、地下の駐車場、駐車場って言ってるけどさ~、昔から今まで、あそこに車が止まってんのを、一度でも見たことがある奴いるか?」

 

「いあや、見たことないねー」 「僕もマンションが建った当時から住んでいるが車があるのは見たことない」 と、その場にいた反対派は誰も、車が実際に駐車しているのを見たことが無いようでした。

 

「やっぱりそうだろ! マンションが建って間もない頃、俺はK社の社員から聞いたんだが、 駐車場に車を入れるには、入り口からスロープを下って、突き当りを左折して駐車場内に入るわけだが、 その左折する所の道幅が狭くて車を擦ってしまうらしい。 だから、あそこは車の出し入れができない駐車場なんだ」

 

「え~! 本当かよ? 車の出し入れができない駐車場なんて冗談だろ?」

 

「いや、本当だろう。 車が左折する時、左へ回る内側に大きな柱があるだろう。 要するに、あの柱が大きすぎて邪魔なんだと聞いた」

 

「ならば、その柱を削ればいいじゃん?」

 

「ダメだよ! あそこは地下と言っても、半地下でピロティになってるだろ! あの柱は構造上、最重要の大黒柱だぜ。 削ったりしたら地下はペチャンコよ!」

 

「そうか。 それならば、あそこは永久に車の出し入れが出来ない駐車場だ! そんなのは駐車場とは言えない!」 と、反対派は勝手に決めつけて、〝駐車場として、K社が所有権を留保する″ という部分の契約は無効だ! と言い出しました。

 

この件は、K社のオーナー(オーナー 兼 会長でしたので、以後「 I 会長」と呼びます)に伝えられ、早速、社内で検討会議が開催されました。 私も会議に出席しました。

 

私は、I会長に意見を求められ、「車の出し入れが出来ない駐車場だなどと、反対派もよくそんな馬鹿なことを思いつきで言いますよね! 車をちゃんと出し入れ出来ることを我々が証明すれば、 反対派の連中はデタラメばかり言っていると思われ、裁判官の心証をさぞかし悪くするでしょう!」 と一笑しました。

 

ところが、意外なことに、I 会長は、「いや、あそこの、車の出し入れは確かに簡単ではない。 が、 出し入れできないわけではない」 などと、やや不安なことを言うじゃありませんか。

 

マンション新築時のことを一番よく知っている I 会長の、この発言に、一同は驚きました。 「え~! それは具体的にどういうことですか?」 

 

「入口からのスロープが結構な急勾配だから、大きな車は左折する所で擦ったことがある。 でも、普段は大丈夫だぞ! 滅多に擦ったりはしない。」

 

このスッキリしない説明に、一同は不安を感じ、I 会長の車の運転手さんに現場を見てもらい、プロの運転手としての意見を聞きました。

 

運転手さんは、スロープの勾配や左折する所の道幅など、よく観察したうえで、「全然平気だよ! この位の道幅があれば楽に曲がれる。 車を擦ったりしないから安心しな」 と、自信を持って言い切りました。 

 

これで安心です。

 

K社は、顧問弁護士と相談のうえ、実際に自動車が駐車場に楽々と出し入れ出来る様子をビデオ撮影して、証拠として裁判所へ提出することにしました。 反対派をギャフンと言わせる決定的な証拠になりますからね。

 

プロのビデオカメラマンを雇い、数日後、K社の社長(以後、Y社長と呼びます)と、顧問弁護士、そして 私 の3人が立ち会い、ビデオ撮影を実施しました。 運転するのはもちろん、前述の運転手さんです。 撮影に使う自動車は、I 会長のベンツを使用しました。

 

さあ、撮影開始です。カメラマンがカメラを回し始めます。 運転手さんはベンツに乗りエンジンをかけ、我々の方を見てニッコリと笑みを浮かべ、自信満々でした。 車を発進させ、ゆっくりと入口からスロープを下りて行きます。 奥に突き当り左折する所に来ました。 

 

我々はジッと見守っていました。 車が左にハンドルを切り、回り切ろうとしたその瞬間、 「ア! ア! ア!・・・」 「危ない!」 我々は思わず声をあげました。 

 

正に、内側の柱に擦るぎりぎりの手前で、車は止まり、バックして戻ってきました。 運転手さんの顔色は変っています。

 

 〝 この左折カーブは思ったより手強いぞ! ″

 

運転手さんは気を取り直し、 再びスロープを下りて行きました。 今度は外側いっぱいに大きく回って、内側の柱には接触しない作戦のようでした。

 

今度こそと思い、我々はジッと見守っていました。 車が左にハンドルを切り、回り始めたその瞬間、 「ワ! ワ! ワ!!! 」 と、我々の悲鳴とともに、急ブレーキをかけたのでしょうが、車は外側の壁に接触しちゃいました! ガリガリという鈍い音をたて車は止まりました。

 

大変なことになってしまいました。 会長車! しかも、ベンツ にキズをつけてしまったのです。 修理代が心配になりました。

 

しかし、運転手さんは、怯むことなく、再び魔のカーブにチャレンジしました。 今度は、内側の柱に接触しました。 言い遅れましたが、この運転手さんは、I 会長の運転手として20年近くも勤めたベテランなのですが、年齢的には60歳近い方でした。 やや反射神経が衰えていたのかも知れません。

 

なお悪いことに、この運転手さん、性格的には頑固で意地っ張りなところがありました。 「もうこうなったら意地でもカーブを回り切ってやる! コンチクショウ!」 という顔つきでした。

 

その後、何度もやり直し、ベンツは擦り傷だらけになっちゃいました。

 

見ていた我々は、本来ならば目を覆うべきシーンなのですが、ここまで来ると、悲劇というより、それを通り越して喜劇です。 

 

一緒に立ち会っていた顧問弁護士は、「こりゃダメだ・・・。こんなところを反対派の誰かに目撃されたらえらいこったよ・・・」 と言って、しゃがみ込んでしまいました。 

 

しゃがみ込んだまま、彼は両手で口をふさぎ、笑い声が出るのを必死で抑えているようでしたが、背中や肩が大きく笑っています。

 

私も笑いたいのを我慢しながら、隣に立っているY社長の方を見たところ、Y社長はさすがに経営者です。笑ってなんかいません。マジで怒っていました。 このみっともないシーンを、無神経にも撮り続けていたビデオカメラマンに向かって大声で怒鳴りました。 「こんなシーン撮らなくったっていい!」

 

その後何度もやり直し、やっと魔のカーブの左折に成功しました。 ビデオはプロの手により、上手に編集され、ベンツが柱にも壁にも接触せずに回り切っているシーンが綺麗に撮れていました。

 

しかし、ビデオを再生して見れば見るほど、車と柱・壁との間に余裕はなく(隙間は5センチ位かな~)、K社は、証拠として裁判所に提出することを断念しました。(有利どころか、却って不利な証拠になりそうに思えたのです) 結局、ビデオ制作費を無駄にしました。

 

最終的に和解は成立せず、裁判もK社にとって有利な展開にはならず、結局、裁判は、K社が敗訴となりました。

 

しかしながら、裁判後、K社と反対派は意外と仲が良くなり、金銭的にも妥協案が成立するなど、雨降って地固まるの感がありました。 でも、7年以上の時間のロスはお互いにとって大きいですよね。 

 

要するに、このマンションの地下駐車場は、もともと設計ミスだったんですね。 設計者は「S建築設計事務所」という、意匠設計では極めて有名な一流の設計事務所だったんですが・・・、 そういう設計事務所でも、こんな初歩的な設計ミスをするんだ、という 良い教訓になりました。 

 ( 完 )

                  ※今月は和風: 「初春の曲」

                                   曲名をクリックして聴いて下さい。

 次回からは、マンションの管理という面からは少し離れてしまいますが、一息入れるつもりで、マンションの無人管理人室で起こった、少し不思議な出来事をお話ししたいと思います。 不思議と言ってもオカルトなどではありません。


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